食・レシピ

2016年2月16日 (火)

ふるさとの食たっぷり かごしま4(2016/2/16放送)「黒豚缶詰」

お邪魔したのは、鹿児島市の谷山港にある鹿児島ミート販売です。

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鹿児島ミート販売は、1972年に設立され飼料作りから豚の生産、加工、販売まで行っていて、年間およそ10万3000頭の豚を出荷しています。

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頴娃町にある自社農場では、普段およそ3万頭を超える豚を飼育し、「かごしま黒豚さつま」というブランドとして、こだわりの豚を育てています。

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そんな鹿児島ミート販売が、販売する人気のお土産が「黒豚缶詰グルメカップシリーズ」です。

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鹿児島ミートグループ事業所管理課 松元亜香里さん
「肉は冷蔵品なのでなかなかお土産として持って帰ってもらえなくて、どうやったら皆さんに手にとってもらえるかなということで運びやすい缶詰タイプに」

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缶詰は5種類。黒豚のホルモンをトマトソースで煮込んだものや、黒豚を白ワインと香辛料で煮込んだものなどがあり、パッケージには、その料理の国旗がデザインされています。

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なかでも、島津家の家紋が入った「黒豚軟骨の甘辛醤油煮」。この使われている軟骨は、1頭から2個しかとれないという希少部位の羽子板軟骨とよばれるものを使っています。

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缶詰、試食させてもらいましたよ。そのまま食べても十分おいしいんですが…

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「こちらがアレンジメニューです。すごいメニューですね。お店のコースとしてでてきそう。」
サラダにパスタ、タコライスにどんぶりなどなど缶詰を使ったアレンジメニューを準備していただきました。

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缶詰を使ったアレンジメニューは、今では30種類を超えているんだとか。しかも缶詰の味を生かしていて、他に調味料はほとんど使っていないのでお手軽簡単料理。女っぷりも上がります!

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この「黒豚缶詰グルメシリーズ」は、鹿児島空港、鹿児島中央駅、桜島サービスエリアや丸やガーデンズなどで販売しています。
黒豚を余すことなく使ったこの缶詰。県外へのお土産はもちろんですが、ご紹介したアレンジメニューで食卓を彩ってみてはいかがでしょうか。

2013年10月19日 (土)

開局記念SP「ふるさとの食たっぷり」 サメを食べる!?発見!志布志の珍味

10/12(土)MBC開局60周年記念SP「43市町村全部見せます!ふるさとの食たっぷり」
に登場した各地の「食」♪

志布志市からは『BTVケーブルテレビ 志布志局』アナウンサーの渡邉涼さんが

「サメを食べる!?発見!志布志の珍味」を紹介します。

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自然豊かな志布志市。

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志布志湾は、ハモやイセエビなど豊富な海の幸に恵まれています。

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その中に面白い食材があるという情報を聞きつけ、
BTVケーブルテレビ志布志局へやってきました!

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地域の情報を、日々、市民に届けています。
今回、情報を提供してくれるのは、BTVの渡邉涼さん。

渡邉さん:志布志には昔から「フカのせんさら」という食べ物がありまして、
特に港周辺では日常的に食べられているんです。「フカ」はサメのことです。

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サメを食すという「フカのせんさら」とはどういうものなのか!?

まだ一度も食べたことがないという渡邉さんと志布志市内を
調査しながら、その正体に迫ります!

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「フカのせんさら」は、捌いて塩水で湯がいたもの。

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4月に行なわれる代表的な祭り、「お釈迦祭り」と
深い関係があるとか。
こちらは「お釈迦祭り」に詳しい北川さんです。

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北川さん:お釈迦様の誕生をお祝いするために行われた祭りというのが、
4月8日のお釈迦祭りです。

「お釈迦祭り」は、安産にご利益があるとされる「宝満寺」を中心に

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新婚夫婦が参加する「シャンシャン馬」などが行なわれる祭り。
元々は「お釈迦様」の誕生日である4月8日でしたが、
現在は4月29日に開催されます。

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北川さん:昔は色々な催し物があって、境内は所狭しと、
盆と正月が一緒に来たような感じだったんじゃないかと思います。

近郷近在からお客様が見えるので、
そういうお客様を接待するために色んなご馳走を提供して
みなさんに召し上がっていただいている習慣が今でもあります。
その中のお品書きのひとつとして「せんさら」もありました。

「せんさら」の名前の由来は、
『水で洗って食べる』ことから『洗皿』。
『千皿食べても飽きない』ことから『千皿』。と、大きく分けて2つの説があるそうです。
では、一体どんな味なのでしょうか!?

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北川:何と言ったらいいんでしょうか。
他の味では例えようがない。「ふかのせんさら」は、他には代えられない。

【志布志漁港】
ますます気になる「フカのせんさら」を求めてやってきたのは
早朝の志布志漁港。

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夜中から漁に出ていた船が港に帰ってくる時間です。
様々な種類の魚が水揚げされていきます。

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「フカのせんさら」に使う“フカ”は小型のもの。志布志漁港では夏場を中心に、フカが魚の網にかかって 水揚げされるそうです。

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水揚げされたフカは、せりにかけられます。
こちらの女性、どうやら一匹手に入れたようです。

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女性は、志布志市内にある創業60年の瀬戸口鮮魚店の奥さま。

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ご主人の瀬戸口聡さんにフカをさばいて「せんさら」を作る様子を見せていただきます。

渡邉さん:このサメの種類は?

瀬戸口さん:ホシザメ、志布志では「ぬくい」と言う。

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まずフカの頭を落として内臓を取り除き、軽く湯通しして

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ザラザラした皮の部分“サメ肌”をとります。

瀬戸口:意外と手間がかかります。簡単におろして食べるわけにはいかないんです。

そして、食べやすい大きさに切り、塩をたっぷりまぶして、
冷蔵庫で一昼夜、寝かせます。

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さらに、塩を洗い落とし、塩水で茹で、冷水にさらせば
「せんさら」の出来上がり!

酢味噌に山椒を混ぜたものを付けて食べるのが、一般的な食べ方です。

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「せんさら」の名前の由来について、 瀬戸口さんは、独自の考えを持っています。

瀬戸口さん:千人ぐらいに対応できるから「せんさら」ではないか

「瀬戸口鮮魚店」では、100gあたり100円で販売しています。
市内の様々な鮮魚店で売られている「せんさら」。

それ以外に、スーパーでも「せんさら」は売られています。
こちらは『サンポート志布志アピア』内にある「ダイレックス」の鮮魚コーナー。

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渡邉さん:色んな魚が並んでいますね!あ~ありました!

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「フカの湯引き」という名前で売られているんですね。

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志布志の食文化の一つ「フカのせんさら」。
特に「お釈迦祭り」とは非常に深い関係があります。“おもてなしの心”が
詰まったソウルフードです。

 

開局記念SP「ふるさとの食たっぷり」 奄美大島・待ち網漁

10/12(土)MBC開局60周年記念SP「43市町村全部見せます!ふるさとの食たっぷり」
に登場した各地の「食」をご紹介♪

奄美大島からは『エフエムうけん』パーソナリティの渡博文さんが

「待ち網漁(まちあみりょう)」を紹介します。

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奄美大島。南西部のとある村に、人々の生活を支えてきた伝統の漁があります。

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栄さん:うちのじいちゃん達の時代の方法だから、伝統で引きついでいるんですよ。

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徳田さん:こうして見ているの、魚がこないかって。それを待っているから「待ち網」って言うの。

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小さな集落で受け継がれてきた大切な食文化、待ち網漁。
日本で唯一残る伝統の漁法です。


奄美大島の南西部に位置する宇検村。人口およそ1900。
海沿いに14の集落が点在しています。

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待ち網漁が行われているのは
その集落のひとつ、芦検です。

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この日の干潮時刻となった午後1時。漁が始まりました。

漁では一隻の小さな船と網を使います。岸から30mほど沖で、網をL字型に張りました。
開いている一辺から魚の群が入りこんだところを一網打尽にしようというのです。

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漁が村に根付いたのは大正時代とも言われています。
商売のためではなく、地域の人たちの食材を確保することが目的でした。

水揚げは一日に一度しかありません。
徳田さんは松の木の上から魚を監視して、じっくりと網を引くタイミングをはかっています。

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漁師たちは、潮の変わり目を狙い、魚が動きはじめる時を待っています。

確実に魚を捕らえるため車にロープをくくりつけひっぱるつもりです。
しかしここ数年、魚に、逃げられてばかりで収穫ゼロの日が続いています。
どの集落も魚が取れず廃業しました。唯一残った芦検でも陰りが見え始めています。

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栄さん:雑談したり政治の話をしたりさ、打ち上げしたりそれが楽しみ。

徳田さん:心配なのはこうして村の仲間と会う機会が減ってしまうことです。

漁師さんたちはなんとか魚を捕らえ、後の代に伝承させたいと願っています。

一方、午後4時。
宇検村の中心地にある『エフエムうけん』ではパーソナリティの渡さんが
村にちょっとした情報を流します。

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『エフエムうけん』は3年前に、村とNPOが設営した地域メディアです。
防災情報など村にとって、欠かかせない情報を伝えています。

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渡さんは仕事を終え、芦検に向かいました。
実は待ち網漁は、網引きを手伝えば、誰でも穫れた魚を手に入れることができるのです。

待ち網漁開始から4時間が経っています。
潮目が変り始めました。

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午後5時、漁師の合図・・・
魚が網にかかったようです。

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一斉に網を引き始めました。
「魚に逃げられる前に一気にあげる」
スピードが勝負です。

村の人たちも応援に駆けつけました。

これが長く芦検の食生活を支えてきた待ち網漁の姿です。

そして・・・

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奄美の魚、ガラにそしてイカも。

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穫れた魚は50匹以上。数年ぶりの大漁でした。

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栄さんは「芦検集落の伝統の漁だから、後輩に打ち方とか教えていかないとだめですよね。」と話します。

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穫れた魚は網引きを手伝った人たちに無料で配られます。

渡さん:刺身で上等じゃ、大きいから。さあ行って料理しましょうか。

渡さんの実家には、大漁の知らせを聞いて近所の人や、親戚が集まっていました。

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奄美でよく食べられるというガラ。

とれたては、刺身にして酢みそをつけて食べるのが一般的です。

そしておかゆ。
奄美で特に大切にされてきた食べもの・・・。

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ソテツのおかゆ『しんがゆ』です。かつて救荒食物として重宝されたソテツ。
実や芯の部分に良質なデンプンが含まれています。

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この実を二つに割り、皮をはぎ、デンプン質を抽出。
何度も水にさらしたあと、乾燥させ、臼でよく引き、食べ物となります。

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戦後、食料が不足した時代、奄美の人たちの命をつないだ大切な食材でした。

渡さんの母、ヨツコさんは「昔のこれ(しんがゆ)がないと生き延びていない。」と話します。

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待ち網漁で穫れた魚にヨツコさん特製のぶたみそも添えて
奄美大島宇検村の食卓完成です。

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開局記念SP「ふるさとの食たっぷり」 枕崎のチョット変わったダシ

10/12(土)MBC開局60周年記念SP「43市町村全部見せます!ふるさとの食たっぷり」
に登場したた各地の「食」をご紹介♪

枕崎市からは、ちゃんサネさんが「枕崎のチョット変わったダシ」を紹介します。

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かつお漁が盛んな枕崎。

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基幹産業の鰹節生産は、年間およそ18,800トン。

日本一の生産量を誇ります。

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ちゃんサネさんが向かった先は、その枕崎の美味しいモノがそろうお魚センター。

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今日、水揚げされた新鮮な魚が並びます。

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お魚センターには、いろんな種類のかつお節が数多く並びます。
こちらは、観光客ばかりではなく地元の方も利用しています。

            
ちゃんサネさんが発見したのは「鰹せんじ」。

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鰹節と深い関わりがある「鰹せんじ」。ということで、鰹節を製造している 

昭和3年創業の「マルモ」を訪ねました。 

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鰹節を製造して50年以上の大茂健二郎会長に聞きました。

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生切りの後、鰹を茹でる工程に入ります。
かつおを茹でた茹で汁が「せんじ」の素。

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ここで、一端「せんじ」の話は置いといて…

鰹節が出来るまでを拝見。                 

先ほど煮たかつおを骨抜きした後、火で炙り、燻製のようにしていきます。

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それを何度も繰り返し鰹節になっていくのです。    
           
表面を削り鰹節の完成です。
こうして、枕崎の特産品 鰹節ができあがります。

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さて、話は「せんじ」に戻り、別な工場へ。

案内されたのが鰹センジを製造している「ボニト食品」。

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こちらの工場で、鰹の茹で汁が何日も煮詰められ「せんじ」になるのです。

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マルモ 大茂会長
「せんじには、300年以上の歴史がある」
「鰹節をつくる工程の中でどうしても煮汁が出来る。その煮汁を捨てるのはもったいない」
「これをなんとか食べるものにしようということで、せんじが出来た」

現在でも昔ながらの方法で「せんじ」を作っているところもあります。

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昔は、一般的な調味料として使われていた鰹せんじ。

この鰹せんじを使った料理とは、一体どんなものがあるのか?

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今回、枕崎に伝わるチョット変わった食べ方をする料理を再現してもらいました。
協力してくださるのは、枕崎在住の園田晴美さん。

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まずは、もっともポピュラーな鰹せんじの湯豆腐。

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枕崎の一部地域に伝わる「ひっかけそうめん」。 

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見た目は、普通のそうめんと変わらないのですが、その食べ方が
ちょっとユニークなのです。          

昔は、両手にもってしゃぶりながら食べていたというひっかけそうめん。
鰹せんじの味がきいています。

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鰹の町枕崎で古くから使われていたといわれる鰹せんじ。

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鰹のエキスがしみこんだ珍しい調味料です。 

     

 

開局記念SP「ふるさとの食たっぷり」 萬田農園発!ふるさと新グルメ

10/12(土)MBC開局60周年記念SP「43市町村全部見せます!ふるさとの食たっぷり」
に登場した各地の「食」をご紹介♪

霧島市からは『MCT 南九州ケーブルテレビネット』の阿部桃子さんが

「萬田農園発!ふるさと新グルメ」を紹介します。

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日本人の食にかかせない米。「合鴨農法」という有機農業で作る方法がありますが、その合鴨農法を確立させた第一人者が霧島市にいらっしゃいます。

霧島市溝辺町竹子。

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田園風景が広がるこの場所は、県のほぼ中央部を流れる
網掛川源流域に位置し、薩摩藩時代は御用米を作っていました。

「萬田農園」は、今ではすっかり定着してきた「合鴨農法」の基盤を作り上げた
萬田正治さんが10年前にたちあげたもの。

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鹿児島大学の副学長を歴任後、農家に転身した萬田先生。

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ここからふるさとの食をみつめてきました。

萬田先生「ずっと現役時代これを研究していたんです。合鴨農法を。
鹿児島で初めてでしたけど、全国でも先駆けてはじめたわけです」

合鴨が雑草や害虫を餌として食べ、その排泄物が養分となる合鴨農法は
化学肥料や農薬を使わない。有機農業の一種です。

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畜産を専門としていた萬田先生は、卵も肉も良質な鴨を品種改良し、
「薩摩鴨」と名づけました。

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今年は遊び心で、ちょっとユニークな農法にチャレンジしたのだとか。

田んぼに錦鯉!?

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萬田先生「普通の食べる鯉を田んぼにいれて育てる農法というのはあるんです。
鯉を養う養鯉農法というのは昔からあったんですが、錦鯉を入れた人はいないです。」

まだまだ実験段階のものもあれば、すでに家畜として完成間近のものもあります。

やってきたのは鶏小屋。

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Q:こちらの鶏の種類は?

萬田先生「昔、薩摩藩時代に農家が飼っていた、鷹鶏。空を飛ぶ鷹。
鷹鶏というのがいたんですけど、それの血を遺伝子を頂いてよく卵を産む“白色レグホン”と掛け合わせて、よく卵も産んで肉もおいしいものを私が選抜して・淘汰して、その時に色を黒に統一して選んできて・・・向こうに雛がいますね。
だいたいあれで黒に統一できたんで、いよいよデビューしようかと。

『霧島鷹鶏』という名前でデビューします。」

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「薩摩鴨」に続き、萬田先生がつくったのは、
卵も肉質もよい、新しい食ブランドの鶏。

Q:新品種の「鶏」を作り出した目的は

A:できたら各家庭で鶏を飼ってほしい。もう一回鶏が駆け回るムラ作りをしたい。
そして卵を食べ、肉を食べ、お客さんがきたらつぶしてご馳走を出すとかそういう食文化をとりもどしたい。

萬田先生の農業は「生命を頂く」ありがたさを知る農業なのです。

農園で育てられている新ブランドの鶏の卵は、近くの物産館などに持ち込まれます。

この日は、農園から徒歩でいける竹川峡に卵を届けます。

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Q:萬田先生が来て変わったのは?

A:合鴨で水稲をつくるようになったのが一番。
地域を発展させようと、活性化を図ろうということで10年目でようやくいろんな形で見えてきた。

過疎化する日本の農村の風景を残していきたいと
この場所で、ふるさとの農業から見つめなおして10年。

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萬田先生の活動は、広がりをみせています。

「竹川峡」で食べられる、薩摩鴨メニューは、
これからがシーズン。手打ちそばと合わせて食べる「鴨そば」、

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こちらは、鴨を入れて炊き上げた「鴨めし」。
自家製の出汁をつかった合鴨鍋と一緒に食べることができます。 

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Q:萬田先生にとって「ふるさとの食」とは?

A:そこの土地にあった、気候にあったものを我々(人間)がつくって、
それを美味しくいただくこと。いわゆる地産地消。ちょっと難しくなるけど、
身土不二(しんどふじ)という言葉があるんですけど、
つまり、自分の生まれ育ったところでできた物を食べるのが一番健康的。
一番いいことだというのは昔から言われていること。
教えとしてあること。だからやっぱりこの地でとれたもの、
作ったものを頂いて食べるということが食と農の基本だと思う」 

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霧島市溝辺町にある萬田農園が発信する、食と農のあり方。
失われつつある農村の風景は、新しい農業の形を模索すれば
残っていけるのではないか・・・。
その可能性を感じることができました。

 

開局記念SP「ふるさとの食たっぷり」 多彩な料理・クジラ食

10/12(土)MBC開局60周年記念SP「43市町村全部見せます!ふるさとの食たっぷり」
に登場した各地の「食」をご紹介♪

薩摩川内市からは『FMさつませんだい』パーソナリティーの小島綾果さんが

「クジラ」を紹介します。

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薩摩川内市の割烹旅館で先月「クジラ料理を喰らう会」が開かれました。

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クジラをご当地グルメにしようという動きは、九州新幹線全線開業がきっかけです。

この日のメニューはクジラの刺身のほか、竜田揚げ、みそ漬け、おでんなど8つ。
和・洋・中いろんな料理に使えるのがクジラ料理の魅力。

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食としての「クジラ」。実は、生活にも密着していたという証拠があるんです。

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新田神社では、柱の下の建物を支える石、礎石の溝にクジラの油を注ぎ、シロアリが上に上がらないようにしたそうです。

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これは400年前の建物。クジラが身近な所で使われていたとは驚きです。

 海を渡った甑島にも、クジラとの関わりを見つけました。

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昭和19年から23年までクジラの解体基地があった上甑町小島。

その間、マッコウクジラやナガスクジラなど合わせて30頭のクジラが水揚げされた
記録が残っています。

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県内の企業が運営しており、地元雇用はほとんどなかったといいます。

当時クジラの解体作業を見たことがあるという方に出会いました。

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森尾さん「ここでクジラを解体して、油をとるために大きな釜で煎じていた。
煎じたカス(皮)は天日で干していた」

現在86歳の山口さんは、解体作業員にクジラ肉をもらったことがあるそうです。

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山口さん「すき焼きにしたり、皮は煎じて油をとってその油で天ぷらなどをして食べた。
クジラの舌は、うどんのようで透き通ったものでおいしかった。」

戦前・戦後の時代において貴重な食材だったクジラ。

これからの時代においても貴重なものだと不破教授は言います。

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不破教授「我々日本人が、クジラを食べるという文化。それはをずっと古い時代からある。
ひとつの命から得られる肉は、食糧として考えると非常に貴重なもの。
これだけ地球の人口が増えて食糧が足らない時代に、海洋食糧資源としてのクジラは
有効に利用すべきだと思う。」

そんなクジラの加工品を取り扱う水産会社が鹿児島県内で唯一、薩摩川内市にあります。

大正5年創業のヤマカ。

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昭和25年頃からクジラを扱うようになり、加工販売しています。
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通称「尾羽」。スライスした尾羽は5分ほどゆでます。

するとチリチリに縮み、まるで花びらのような感じに。
鹿児島ではよくお正月に食べられる尾羽。実はヤマカは、尾羽の出荷量日本一なんです。

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ヤマカではこの他、クジラのカレーや竜田揚げ、ベーコンなどの加工品も生産しています。

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いろんな食べ方ができるクジラ、そんなクジラ料理を食べられるお店が

明治19年創業の「割烹旅館 安藤」。
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4代目の安藤さんは、東京オリンピックのプレスセンターで料理人として
活躍したそうです。
安藤さんのクジラ料理。コースになったランチがおすすめです。

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そしてもう1軒。

イタリアンレストランの「ビス!ラ・フルッタ」
店内はとてもアットホームな雰囲気。

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クジラの赤身とにんじん、たまねぎをトマトソースで煮込み、ゆでたパスタを絡めます。

「ビス!ラ・フルッタ」特製、クジラを使ったパスタです。
パスタメニューは日替わりなので、運がよければ食べられるレアメニュー。

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昔からあったクジラ食の文化。改めて海の恵みに感謝し、守り伝えていく大切さを感じました。