カテゴリー「伝統工芸品」の投稿

2009年2月28日 (土)

#100 帖佐人形

Uma0902281 <帖佐人形>

製造: 帖佐人形窯元(姶良郡姶良町西餅田)

販売: 帖佐人形窯元・鹿児島ブランドショップなど

価格: 1000~20000円(大きさによります。)

お問い合わせ: 0995-65-3022

 記念すべき、イオンかごうまっ探検隊100回目は、鹿児島県の伝統的工芸品にも指定されている「帖佐人形」のご紹介です。これを作るのは、姶良郡姶良町に工房を構える職人さん、折田貴子さんです。およそ400年の歴史を持つと言われる帖佐人形。歴史は諸説あるようですが、文禄慶長の朝鮮出兵の際、島津義弘公が朝鮮から陶工を連れて帰ってきます。その陶工達は、当時の帖佐村で焼き物を作り始めるのですが、一方で、故郷への想いを募らせて、自分達への慰みとして、故郷へ残してきた犬を作ったのがその始まりといわれているそうです。その後、武士の内職として受け継がれました。当時は40もの窯元があった帖佐人形も、太平洋戦争の前後に途絶えます。それを昭和40年、折田さんのおじいさまが、町役場を退職後に復活!現在はおじいさまの意志を継ぎ、日々帖佐人形を作り続けています。

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 子供の健やかな成長を願って、桃の節句や端午の節句にも贈られるという帖佐人形。赤・青・緑ととても色鮮やかなお人形です。手にとると、なんともしっくりとくる温かな感触です。この帖佐人形の素朴な表情を生む土、それは「かまつち」と呼ばれる、地元帖佐の土です。畑を2mほど掘るとかまつちの層が出てくるのですが、これを自宅へ持ち帰り、自宅の庭に穴を掘ってそこに入れて置くのだとか。こうする事で、土がなれて、発酵をし、いい粘土になっていくのだそうです。それをさらに石臼に入れ、水を少しずつ加えながら、お餅をつくようについたもの・・・、これが材料の粘土になります。普通のものに比べれば粗い粘土ですが、温かみのある表情はここから生まれるようです。

 前半身と後ろ半身の2つに分かれた型に、粘土を指で押し込んでいくのですが、この作業は職人さんの技の光るところ・・・。大小様々な大きさがありますが、その人形の大きさに応じた厚みというのがあって、厚すぎると重くなるし、薄すぎると焼く際に割れてしまうのだとか。親指に伝わってくるわずかな感覚で、厚いか薄いかが分かるようになってきたそうです。

 これを乾燥させ、850℃で8時間焼き、色止めの下地を塗り、絵の具で絵を描きいれ、最後に目を入れて完成。3ヶ月以上も時間を要する、職人さんの手仕事です。素朴な表情の中に華やかさのある帖佐人形。手から温もりが伝わる、心安らぐ工芸品です。

2008年12月13日 (土)

#89 鶴田和紙

<鶴田和紙>

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製造・販売: 野元政志さん(薩摩郡さつま町(旧鶴田町))

お問い合わせ: 0996-59-2529

※手漉きの体験もできます。

5名から予約可。1人2000円

 

 

薩摩郡さつま町(旧鶴田町)の山間にある鶴田和紙の工房を尋ねました。お話を伺ったのは、4代目の職人、野元政志さんです。昔から、障子紙の他、書道紙、また茶もみ用の茶取り紙などとして使われてきた鶴田和紙。最近では焼酎のラベルにも使われています。

 元々は、野元さんのお母さんで3代目の野元八千代さんのご実家で、代々紙漉きをされていたそうなのですが、故郷の旧宮之城町柊野から鶴田へ嫁ぐ際に、紙漉きの道具を持ち込んで、後、この地で伝統を守り続けています。さらに歴史をさかのぼれば、島津のお殿様が、下級武士に生計を立てるために紙漉きをさせたのが始まりなのだとか・・・。

 そんな歴史も古い鶴田和紙ができるまでには、なんと15ものの工程を辿ります。2月の梅の花が咲く頃、原料となる梶の木の皮はぎに始まり、釜で煮て、水にさらし、くずを取り、ようやく紙漉き。完成まで約50日もかかる和紙作り。寒さ厳しいこれから時期が最盛期です。

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実は私も紙漉きをさせていただいたのですが、もう何が何やら・・・。紙漉きの際に使用するすげたという道具(大きなお盆のような形)で、繊維やのりが入った水をすくうだけでも重労働。すくう際、全面にきれいに繊維をちらすように、さらに厚さが均等になるようにするのが大切なポイントなのですが、うまく水を切ることが出来ず、仕上げは野元さんにパス・・・。落ち葉をはさみ、ステキな和紙ができました。職人さんは、この和紙の厚みを、すげたを持ち上げた時の重みで見る事ができるのだとか・・・。職人技が光る光景です。

  

 

この時期は、旧鶴田町の小・中学校4校の生徒さんが、1人1人卒業証書を漉きにやってきます。なかなか思うようにできない子も多いようですが、それでも世界に1つだけの手づくり卒業証書。時代は変わり、用途も変わってきますが、昔の風景を残す鶴田和紙、大切にしていきたいですね。

 

2008年8月23日 (土)

#73 太鼓・でんでん太鼓

 お祭りが多いこの時期・・・。この時期忙しい職人さんがいます。それは、太鼓職人さんたちshine日置市伊集院町で100年以上太鼓の伝統技術を受け継ぐ、宮丸太鼓店へお邪魔しました。お話をお伺いしたのは、4代目のご主人、宮内順一さんです。ここ鹿児島は、全国的にみても太鼓踊りの多い地域。県内はもちろんの事、県外からも注文がきたり、修理やメンテナンスなどの作業に追われる毎日です。

Uma0808231  さてこの太鼓ですが、太鼓を叩く面になる皮は、牛の皮が使われています。そして、音を響かせる胴の部分は、よく響くようにとけやきやしおじなどの堅い木、さらに、木目のきれいな木が重宝されるようです。宮丸太鼓店で扱う太鼓は大きく分けて2種類。1本の木をくりぬいた胴に皮を貼り付けて、鋲で止めた「鋲打ちの太鼓」と、鉄のリング状の枠に皮を貼り付け、ひもを使って胴に組み上げた「しめ太鼓」です。

 皮のなめしなどの皮の下準備から、胴の準備、皮を張って最後に太鼓を組み上げるまで、完成までおよそ1ヶ月もの時間を要する太鼓作り。中でも、職人さんが最も神経を使う作業は、皮を扱う時。牛の皮をそのまま張ったからといって、あのきれいな音が出るわけではありません。作る太鼓の用途に応じて、皮の厚さを均等にする必要があります。職人さんは、すきがんなと呼ばれる専用にかんなで、皮をすいていきます。その際、針の穴1つ開いても使い物にならなくなるという事で、皮を見ながら、皮の声を聞き、皮と相談をしながら作り上げていきます。元々は生き物ですから、牛の育ってきた環境によって、伸びやすい皮と伸びにくい皮、脂肪の多い皮と少ない皮と、性格も様々なんだとか・・・flair

 そうやってできた太鼓の音は、叩くだけで心が躍るような、素晴らしい音色です。

Uma0808232  この、昔からの伝統技法を、今では宮内さんの息子さん、宮内礼治さんが受け継いでいます。職人の道に入って8年目を迎えた礼治さんが新しい商品として、太鼓職人さんが作る本格的な「でんでん太鼓」を作り、評判を呼んでいます。太鼓を作る際に出る皮の残り部分。これを有効利用できないかと誕生した商品です。(さらに、太鼓のストラップも作っていらっしゃいます。よくみると、こちらもかなり本格的にできています・・・eye

 職人さん達の丁寧な手仕事が、心を動かす太鼓の音を支えているんですね~confident

<太鼓・でんでん太鼓>

製造・販売: 宮丸太鼓店(日置市伊集院町)

価格: でんでん太鼓 1800~4800円

お問い合わせ: 099-273-4766

2008年6月28日 (土)

#65 屋久杉のマイ箸

 最近、地球環境を考えた『エコ』というのが注目されていますが、かごうまっ探検隊でも『エコ』を意識して、『エコアイテム』を御紹介します。

 

 それは、屋久杉のマイ箸shineとても軽くて、木目が味わい深い、独特のいい香りがするお箸ですconfidentこれを作るのは、鹿児島市東開町にある、㈱マエダです。お話をお伺いしたのは営業担当の前田里咲さんです。

 

Uma0806281 屋久杉を使った置物やストラップ、キーホルダーなどのお土産商品をを中心に作るこちらの会社。マイ箸という言葉をよく耳にするようになった1年程前、屋久杉でもマイ箸を作ってみたいという想いから、1年の試行錯誤を経て発売に至りました。

 

 屋久杉は、樹齢1000年以上のものをいいますが、他の木工品とはまた一味違う屋久杉製品・・・。お箸を作るのはそう簡単ではなかったようです。屋久杉はやわらかい木、作る工程で折れやすかったり、欠けてしまったりと、難題にぶつかったようです。強度の面を考慮して、『まさ目』という、木目が縦にまっすぐ細かく通っている木を選び、木目の形やバランスを考えながら、職人さんの手仕事で作られていました。

 

 また、お箸の太さも試行錯誤したポイントの1つflair太すぎず細すぎず、職人さんが少しずつやすりで調節をしながら、作り上げていきます。

 

 年々、この屋久杉も減ってきているというお話も聞かれました。だからこそ、材料も大事にしながら、長く使ってもらえるような製品作りをしていきたいという事でした。

 

 気軽に生活の一部に屋久杉製品を取り入れて、自然豊かな鹿児島を再認識できる逸品です。ちょっとしたプレゼントにも喜ばれそうですねpresent

 

Uma0806282 <屋久杉のマイ箸>

製造・販売: 株式会社マエダ【やくすぎや】(鹿児島市東開町)

価格: 長さ17cm 布ケース入り2000円・屋久杉の木箱ケース入り3000円 (他にも、長めの24cmもあります。)

 

 

お問い合わせ: 099-267-4800

HP: http://www.ranma.co.jp/

ネットショップ「やくすぎや」: http://yakusugiya.com/

2008年5月31日 (土)

#61 薩摩つげの印鑑

 東京にある1件のお店で評判となり、今では遠方からの注文が絶えないという「薩摩つげで作るオーダーメイドの印鑑」happy01作っているのは、創業昭和39年、枕崎市港町にある印鑑屋さん「昇文堂」です。お話をお伺いしたのは、この道53年になる神田 昇さんです。店内は、戦前お父様が彫ったという、手彫りの印鑑もショーケースに並び、その歴史を感じさせます。

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 木の中でも、木目の細かい性質の薩摩つげは、昔から印鑑の印材として重宝されてきた素材ですが、神田さんが作るオーダーメイドの印鑑は一味違いますflair薩摩つげの枝を利用し、木の皮も、枝の形もそのものの形を生かして作る、見た目にも珍しい印鑑ですeyeですから、押した時の印面も、真ん丸ではなく、楕円形をしていたり、雪だるまのような形をしていたりと、何本切っても同じものがない、世界に一つだけの印鑑になるんですshine

 印鑑作りは、まず素材となる木が決まった時点で、字入れ(木に直接、逆字を入れていきます。)・荒彫り(おおまかに彫る)・ペーパーをかけながら、最後に仕上げ専用の彫刻刀で仕上げていきます。この彫り上げていく作業だけでも、1日に2本仕上げるのが限界・・・sweat01時間のかかる手仕事ですthink

 その中でも、神田さんが大切にしている工程は「字入れ」flairデザイン的に良い印鑑をと、書体をいろいろ組み合わせながら、まるで絵のような文字が入れられていきます。神田さんは、お客さんの要望を細かく聞きながらデザインを決めていくのですが、お客さんから受けるイメージまでも大切にして、電話の声やお手紙の字を見て、その方も求めているもの、性格、そういうものを感じ取り、よりお客さまにぴったりの印鑑に仕上げてくださいます。

 お客さまを想いながら彫り上げる薩摩つげの印鑑。機械彫りが増える中でも、このように職人さんが彫る印鑑を、1人が1本、みんなが違う印鑑を持って欲しいとおっしゃっていました。触れると職人さんの温かい気持ちまで伝わってくる、ステキな印鑑でしたconfident

<薩摩つげの印鑑>

製造・販売: 昇文堂(枕崎市港町)

価格: 文字数に関わらず、8400円で作ってくださるとの事です。

お問い合わせ: 0993-72-1652

 

2008年5月 3日 (土)

#57 唐カラ船

歴史ある町、南さつま市坊津町に古くから伝わる唐カラ船は、男の子の健やかな成長を祈って作られる郷土玩具です。

Uma0805031 海の町坊津では「鯉のぼりをあげると大風が吹く」という言い伝えがあって、端午の節句をお祝いするのは鯉のぼりではなく”唐カラ船”なんだそうです。

杉の板の船体と古布で作られた帆、素朴な形の帆船をにぎやかに飾るのはやはり古布で作られた『さいのこ(猿の子)』と呼ばれるお人形です。その昔、大風に遭って転覆しそうになった船に、どこからともなく猿の子がおりてきて帆を降ろしてくれ、そのおかげで無事に航海が出来たといわれているそうです。『さいのこ(猿の子)』は災難を持ち去る縁起のよいものなんですね。

この唐カラ船、今では南さつま市坊津町泊の大山タヨさんお一人だけが作っています。板の加工、絵付け、一つ一つ手縫いして作るさいのこ、組み立て、すべての工程をタヨさんだけで作り上げていらっしゃいます。ときには投げ出したくなることもあるそうですが、そんな時は畑仕事でリフレッシュするそうです。

小さな子どもたちが唐カラ船をひく嬉しそうな顔や、記念品としてもらった方の喜ぶ顔がなによりの励みなんだそうですよ。これからも大切にしたい郷土玩具唐カラ船、タヨさんにはますますお元気でいらしていただきたいですねhappy01

Uma0805032 <唐カラ船>

 製造:いそなみ工芸社(南さつま市坊津町泊)

 販売:いそなみ工芸社・鹿児島ブランドショップ(鹿児島市)・地場産業振興センター(枕崎市)

 問い合わせ:0993-67-1161

2008年2月16日 (土)

#46  初鼓

Uma0802161_2今月24日に霧島市隼人町の鹿児島神宮で開催される伝統のお祭り「初午祭」。
南九州に春を告げるお祭りの一つですが、その「初午祭」に欠かせないのは「初鼓」。通称「ポンパチ」。

今回は、この「初鼓」を作っていらっしゃる霧島市隼人町の「工房みやじ」におじゃましました。
お話を伺ったのは花見ユリ子さんです。

およそ460年という歴史ある初午祭ですが、代々伝わる初鼓を作る花見さんも4代目の職人さん。
およそ50年程前までは、ポンパチ作りも盛んで、20~30件ほどあった工房も、現在は3件。
そのうち、専門の作っている工房は花見さんの工房1件のみとなってしまったそうです。

<初鼓とは?>
・絵→紙は特注の蒲生和紙。正面の鹿児島神宮の鳥居と真ん中に階段。その後ろは馬や干支の動物の絵。所々に、例えばお姫様の櫛の文様やあご紐の文様などが描かれています。
・色→昔は子供達が疱瘡にかかる事が多かった。赤や黄色は子供達の病よけにと、健康を願って・・・。という意味がこめられている。
・音→大豆は健康のために、音をならして、悪いものを追い払うという想いがこめられている。

梅雨明けの頃から作り始めるという初鼓。基礎となる「竹」から手づくりです。30もの工程があるということにビックリ!

Uma0802162完成した「初鼓」、お天気がいい日はポンポンといい音がするそうですが、くもりや雨の日は、紙自体がゆるくなって張りが無くなってしまそうで、毎年お天気や、初鼓の音が気になるというお話でした。

「工房みやじ」では、他にも隼人の郷土玩具の鯛車・香箱・はご板・弓矢など9種類を作っています。
昔の郷土玩具に触れてみると、木の温もりと共に、人の温もりも感じられる逸品でした。
詳しいお問い合わせは、工房みやじ(電話は0995-42-2832)まで。

2007年12月22日 (土)

#38 薩摩志史の薩摩ボタン

今回は、この薩摩ボタンを作る絵付け師さんの元を尋ねてきました。
お会いしてきたのは、垂水市田神の山里にアトリエを開く、川崎志保さんです。

Uma0712222  短大で造形芸術を学んだ後、お茶道具を専門に作っている薩摩焼の窯元で、10年間白薩摩に文様を描いていく絵付け師の仕事をされていたんですが、たまたま見かけた雑誌の記事でこの「薩摩ボタン」と出会い衝撃を受け、2年前に地元の垂水にアトリエを開きました。

この薩摩ボタン、意外と皆さんに知られていないのではないでしょうか?

ここでちょっとお勉強。

『時は幕末。』
薩摩焼で培われたノウハウをもとに、薩摩藩の御用窯で陶器のボタンを作って海外へ輸出しましていました。「外貨獲得」のためです。

というのも、1867年の「パリ万国博覧会」で日本が初めて出展(幕府・薩摩藩・肥前藩)して以来、海外ではジャポニズム(日本文化)への関心が高まり、日本絵画のエッセンスが凝縮されたその小さな陶器製のボタンは
「SATSUMA」という愛称で呼ばれ、大変な人気を集めました。
しかし、絵付けが繊細で、あまりにも手がかかるため、いつしか職人さんもいなくなってしましました・・・。

特徴は、なんと言っても、その美しい色絵。

貫入(かんにゅう)と呼ばれる細かなヒビ模様の入ったボタン表面には、まるで

高級陶器の壺を思わせる絵が色彩豊かに描かれます。
薩摩ボタンには、虎や兎、雀などの動物をはじめ、植物や風景など当時の日本文化を偲ばせる風情ある意匠が描かれました。
中には、美しい幾何学模様の色絵もあり、楽しませてくれます。

さて、川﨑さんの薩摩ボタンの裏側をひっくり返してみると「薩摩志史」と書かれています。
この言葉には「歴史に残るような作品を作りたい」という川崎さんの想いが込められています。

Uma0712221_2ボタンの大きさは、1・5~5センチほど。
素焼きした陶器に下絵を描き、「電気窯」で焼き、絵の具で色づけしてまた焼きます。
その作業を4~5回繰り返して、やっと完成。
作業台では筆先に全神経を集中させ、1ミリ以下の線で構図を整え、丁寧に花や動物、幾何学文様を描き込んでいきます。

今回御紹介したのは、薩摩志史の「薩摩ボタン」です。
薩摩ボタンに関する詳しいお問い合わせは、薩摩志史・川﨑志保さんのアトリエまでお願いします。
電話は、0994-35-0058です。

2007年9月29日 (土)

#26 綿!綿!綿!

今回は鹿児島市郡山町にある「なのはな糸工房」をご紹介します。

「糸いじりが大好き」とおっしゃるのは、この工房を開いた浜田啓子さん。

Uma0709291 ここの工房では、浜田さん自ら育てた綿花を、糸に紡いで、さらに布地を織っていらっしゃいます。工房には6台の機織り機が並んでいるんですが、織物教室も行われていて、絶えず機織り機の音が心地よく鳴り響いている場所です。

鹿児島市吉野に畑を作って、無農薬で綿花を作っていらっしゃいます。ちょうど、10月始めから11月の終わり頃にかけて、収穫を迎えます。
収穫された綿は、2日程自然乾燥して、それから、綿花の中に入っている種をとります。
1つの綿花の中に、6~8個の種が入っているんですが、これを昔ながらの「種取り機」で1つ1つ取っていきます。

その後は、綿うち。繊維を引き伸ばして、繊維をほぐして、いよいよ糸をつむいでいきます。糸つむぎ機を使っての手作業です。
短い繊維の集まりが、1本の糸につながるのが不思議ですよね。難しさはないんでしょうか?

これで糸が完成・・・ではありません。大きくはあと2つ作業があります。
一つは、糸を蒸す作業です。10分位蒸すことで、糸のよりが落ち着くそうです。

もう一つは、つばきの木灰(あく)で煮る作業です。

Uma0709292 この業界では「精練」と呼ばれていますが、綿の中に含まれる油やごみを取り除く事で、糸を染色しやすくします。
苛性ソーダで精練するところもあるそうですが、浜田さんの、人にも、環境にも優しい素材へのこだわりでもあるようです。ようやくこれを織って、布地にして、洋服やバッグなどに生まれ変わっていくわけです。

もうチャレンジは始まっています。
赤ちゃんのおくるみなどは、注文があれば作って下さるというお話でした(お値段は要相談との事)。
これから秋がきて、そして冬になっていきますよね。
ほんわかあったかいものが恋しくなる季節ですが、心まで温かくなるような「木綿の布地」で自分に、また大切な人に、手作りの何かを作りたくなるような逸品です。

鹿児島市郡山保育園近くの「なのはな糸工房」。

「琉球藍の布地」は、42cm幅で、1m¥2500です。

他にも、琉球藍で染めた絣やオーガニックコットンなど、ステキなものもあります。詳しいお問い合わせは、099-298-4486まで。

2007年9月 8日 (土)

#23 竹!竹!竹!

Uma0709081 今回お邪魔したのは、薩摩郡さつま町湯田(旧宮之城町)にある、西田竹材工業所です。ここは昭和20年から続く竹材店で、お話して頂いたのは、この道35年の西田 強さんです。

さつま町と言えば、竹の町としても有名な町です。
特に、宮之城エリアは孟宗竹林の面積は日本一。
さらに竹製花器の生産も日本一を誇っています!

さて、「竹の切り口にみつばちが寄ってくる・・・」というお話、ご存知でしょうか?
竹には糖分や水分が豊富に含まれていますので、これらを抜く作業が必要になります。

糖分を抜く事で、虫やカビをきにくくするという効果があるそうです。
しゃもじや炒めものなどをする時に使うターナーなど、多くの商品は孟宗竹でできているんですが、実は、これから始まる冬場向け・お正月向けの商品に重宝される竹があります。

「まだけ」という竹なんですが、この竹は、竹の鮮やかな肌の色、艶がすぐれているということで、形や表面を活かす「まるもの」などに使われるそうです。
ちなみに多い時は、この丸ちょこ、一日に3000個程作るときもあるそうですよ。

さて、竹製品というと、このような容器や、しゃもじ・花器などが思い浮かぶと思いますが、工場でちょっとおもしろいものを発見しました!竹でこんなものを作っていらっしゃいました。

大人が2人でかかえられる位のの重さがあるそうですが、昨年さつま町を襲った水害の際は、倉庫からカヌーを出して、お年寄りの避難の手助けをしたんですよとお話して下さいました。Uma0709082_2

お正月用品作りは、12月20日頃まで続いて、それが終わると休む暇なく門松作りが始まるということで、まさにこれからどんどん忙しくなるシーズン。
竹の器で楽しむのも風情がありますよね。

今回お邪魔したのは、薩摩郡さつま町湯田の「西田竹材工業所」です。
お問い合わせは、0995-55-9718まで。

2007年7月28日 (土)

#17 薩摩錫器

Uma0707282 鹿児島県の伝統工芸品にも指定されている「薩摩錫器」をご紹介します。

早速ですが、「錫」といえば皆さんどのようなイメージがありますか?(改めて考えてみると、私自身、錫って何?と言う事になったのですが・・・。)

今回お邪魔したのは、鹿児島市西田2丁目に工房を構える、大正元年創業の「大辻朝日堂」です。お話をお伺いしたのは、ご主人の大辻賢一さんです。

 まず、そもそも錫はどんな素材なのか?簡単に説明すると、金属としては酸に強い、アルカリに強いという事で、耐蝕性が強い(・・・)。重さは鉄と同じ位、鉄よりはやわらかい、鉄に比べて叩けば伸びる。また熱伝導がいいという事で知られていますが、例えば冷たいものなら、カップに氷を入れると、液体の対流だけではなく、器全体で冷やしてくれる・・・というわけで、この時期ビールなんか入れて飲むとおいしいといわれるわけです。

鹿児島市の谷山には錫山という地名もありますが、今度は、鹿児島と錫の歴史を紐解いていきましょう。

この頃が、薩摩錫器の一番華やかだったといわれている時代です。ですが、その後、戦争という時代を迎えます。この戦争は、錫にも大きな影響を与えました。錫が統制になり、国の命令で、作ってはいいけど売ってはならないということになりました。そこでこの工房でも、昭和10年から、錫器に変わるものとして、薩摩焼を作って、何とか保ってきたという時代もあったそうです。その流れで、今でもお店では錫器と並んで、薩摩焼も扱っていらっしゃいます。戦後になると、例えばアルミはアルマイト処理というのができ、鉄はステンレスという形にと、器が新しい時代を迎えて、一方錫は伝統的なものとして日常に使われなくなってしまいました。

 そんな中、もう一度、あの輝かしい時代が来ることを願いながら、伝統と歴史を守っている職人さんがいる事を忘れてはいけません。ここ「大辻朝日堂」にも、大辻さんを含む2人の職人さんが、日々薩摩錫器と向き合っていらっしゃいます。
歴史を振り返ったところで、実際にこの錫器が、どんな技術で作られているのか。錫の性質を活かした、代表的な技法をご紹介しましょう。「エッチング」という工程です

薩摩錫器の特徴の1つである、「梨子地の肌」。梨の実の肌のような感触と風合いはこんなところから生まれています。これが、錫器の表情になるわけですが、今では、表情作りの新しい技法として、例えば、硝酸にはつけずに、表面に細かいカットを施して、まるで細かいラメが一面にちりばめられているような「かがやき」という商品や、絵や文字を掘り込んで、色つきの漆を施したカラフルなカップなども生まれています。

今の焼酎ブームで、この薩摩錫器のカップをお店で使いたいと、県外のお料理屋さんで使って頂いて、好評を得ているという事もお聞きしました。

 かつて、鹿児島市の最大の特産品だったといわれている「薩摩錫器」。身近にある鹿児島のこんないいものを、暮らしの中に取り入れていくというのも、また鹿児島の良さを知るきっかけになりそうですね。  錫器を実際に手にしてみたいという方もいらっしゃったのでは・・・?

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今回お邪魔したのは、鹿児島市西田2丁目の「大辻朝日堂」です。詳しいお問い合わせは、099-259-3501までお願いします。今回は、鹿児島の伝統工芸品の「薩摩錫器」をご紹介しました。

2007年4月21日 (土)

#3 薩摩切子

Uma0704212_2 今回は、薩摩郡さつま町にある「さつま町ガラス工芸館」工場長、弟子丸さんにお聞きしました。

薩摩切子の特徴といえば、細かいカットと模様。そして「ぼかし」。この「ぼかし」とは、カットを施した時に色ガラスとクリアガラスの間にできるグラデーションの事。光の射し方でいろんな表情を見せてくれる薩摩切子は、もうそれだけで宝石のようですよね。

「カット」は、グラインダーと呼ばれる円盤状の刃で行います。実は、この刃は手を当てても手は切れない、でもガラスは切れるという不思議な刃。これを回転させて切り込んでいきます。

そもそも「薩摩切子」とは、幕末期28代薩摩藩主島津斉彬公の命によって初めて創り出されたのが始まり。しかし、製作されたのはわずか十数年だった事もあって、「幻の切子」といわれましたが、およそ120年の時を経て、1985年に鹿児島市磯で復元されました。

昔からの伝統を引き継ぐ模様(カットの文様)は、縦縞模様の薩摩縞・ダイヤ模様のホブネイルなど大まかに六種類あるんだそうです。

 これらの技法を使って、もっと身近に手軽に使ってもらいたいと、薩摩切子のアクセサリー、ペンダントを作っていらっしゃいます。
 実際そのアクセサリー作りをしている、日高るみ子さん(職人歴12年)にペンダント作りについてお話を聞きました。

女性ならではの感性で、もっと身近に、そしてもっと気軽に鹿児島の伝統工芸に触れる事が出来るってうれしいですよね。

ペンダントは大きさがだいだい3cm角のものです。厚さも1cmない位、6~7mm位ですから、本当に指先での細かい作業。

なかでも、難しいのは「黒切子」。カットは、「黒」が全く光を通さないため、手元や刃先が見えない!他の色よりも高度な技と、製作時間を要するものなんだそうです。「ぼかし」が出にくくて、またさらに工夫したデザインが求められるという。ありそうでなかった黒の切子。今、お問い合わせが多いとか。

特別な日に「薩摩切子」をプレゼントすると喜ばれそうですね。