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文化を根付かせたい

5年目の九州情熱人。今年の情熱人の紹介は、今週がいよいよラストとなりました。

「おはら節」からスタートした今日のOA。お聴き頂けましたか?

演奏は今日ご紹介の、いちき串木野市在住「町芸者」の住吉小糸さん

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「町芸者」とか「薩摩芸者」などと紹介される鹿児島の芸者さん。

馴染みがある方もいらっしゃると思いますが私は、

「鹿児島県内にも各地に芸者さんがいて賑やかだった」という話だけ聞いたことがある程度。

見たことは一度もありませんでした。そんな私が小糸さんと出会ったのは今年の初夏。

タイミング良く小糸さんのお座敷を見る機会があって大感動。

初めてその文化を目の当たりにすることができました!

芸歴15年。現在30歳の小糸さんは、男性の芸者さんでいらっしゃいます。

さぁ、どうして小糸さんは、

鹿児島から無くなりつつあった「町芸者」の道へ足を踏み入れたのでしょうか?


・ 始めたきっかけは? 

高校生の時通っていた塾の先生の奥さんが三味線の先生だった。自然とそちらへ。

周りからは止めなさいと言われたけれど、決めるのは自分だからと思って。

歌、三味線、踊りを遺そうと思った。

自分が20歳の頃、まだ串木野、いちき、湯之元には90歳くらいの芸者さんが数名いた。

皆さんを訪ねて一曲、一曲、習っていった。でも、手遅れだったものも多かったはず。

やっぱり昔からの鹿児島の芸が好きだった。

地元には男性の芸者さんもいたので違和感無く芸の世界へ飛び込んだ。」

(※文字に翻訳すると上記のようになりますが、

実際は、明治42年生まれのおばあちゃん譲り!「鹿児島弁」で語って頂いています。

是非、小糸さんの生の声をポッドキャストやラジコでお聞き下さい!オススメです。)


小糸さんは、途絶えかけていた

「鹿児島の町芸者の文化」を繋ぎ止めたと言ってもいいんじゃないでしょうか。

最初は、お稽古に通いながら、仕事をして、お座敷にも上がっていたそうですが、

次第にファンが増え、現在、お弟子さんは36名。

お祝い事や、お花見、忘年会、イベント等に引張りだこです。

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・ これからの活動は? 

「確実に30年~40年前までは庶民のそばに太鼓や三味線があった。

またその文化を根付かせたい。一回一回の説明、鹿児島弁の説明も大変。

鹿児島の芸者は独特なもの。これを観光客にも見せたい。

元気なうちは続けるけれど、早く姉さん達のように“枯れた芸”が出来るようになりたい。

変声期が無くて嫌だった頃もあった。

でも、この職に就いてからは、周りから“天性だよ”と言ってもらえるように。

ここまでくるのに大変な事もあったけど、面白かった。

これからも“気張らんなら(頑張らないと)”と思いますが・・・どうなるかは分からない」


今回、沢山の文化を教わりました。

鹿児島の芸者さんは、笑いがあって明るい。弾むような演奏が特徴なんだそうです。

小糸さんのお座敷。夢にまで見ます。

手を叩いて、歌って、笑って、本当に楽しい時間でした。ソフトでキツイ冗談も大好きです。

芸が枯れるその日まで、是非この鹿児島の文化を繋ぎ続けて下さい。

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