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2016年10月

文化を根付かせたい

5年目の九州情熱人。今年の情熱人の紹介は、今週がいよいよラストとなりました。

「おはら節」からスタートした今日のOA。お聴き頂けましたか?

演奏は今日ご紹介の、いちき串木野市在住「町芸者」の住吉小糸さん

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「町芸者」とか「薩摩芸者」などと紹介される鹿児島の芸者さん。

馴染みがある方もいらっしゃると思いますが私は、

「鹿児島県内にも各地に芸者さんがいて賑やかだった」という話だけ聞いたことがある程度。

見たことは一度もありませんでした。そんな私が小糸さんと出会ったのは今年の初夏。

タイミング良く小糸さんのお座敷を見る機会があって大感動。

初めてその文化を目の当たりにすることができました!

芸歴15年。現在30歳の小糸さんは、男性の芸者さんでいらっしゃいます。

さぁ、どうして小糸さんは、

鹿児島から無くなりつつあった「町芸者」の道へ足を踏み入れたのでしょうか?


・ 始めたきっかけは? 

高校生の時通っていた塾の先生の奥さんが三味線の先生だった。自然とそちらへ。

周りからは止めなさいと言われたけれど、決めるのは自分だからと思って。

歌、三味線、踊りを遺そうと思った。

自分が20歳の頃、まだ串木野、いちき、湯之元には90歳くらいの芸者さんが数名いた。

皆さんを訪ねて一曲、一曲、習っていった。でも、手遅れだったものも多かったはず。

やっぱり昔からの鹿児島の芸が好きだった。

地元には男性の芸者さんもいたので違和感無く芸の世界へ飛び込んだ。」

(※文字に翻訳すると上記のようになりますが、

実際は、明治42年生まれのおばあちゃん譲り!「鹿児島弁」で語って頂いています。

是非、小糸さんの生の声をポッドキャストやラジコでお聞き下さい!オススメです。)


小糸さんは、途絶えかけていた

「鹿児島の町芸者の文化」を繋ぎ止めたと言ってもいいんじゃないでしょうか。

最初は、お稽古に通いながら、仕事をして、お座敷にも上がっていたそうですが、

次第にファンが増え、現在、お弟子さんは36名。

お祝い事や、お花見、忘年会、イベント等に引張りだこです。

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・ これからの活動は? 

「確実に30年~40年前までは庶民のそばに太鼓や三味線があった。

またその文化を根付かせたい。一回一回の説明、鹿児島弁の説明も大変。

鹿児島の芸者は独特なもの。これを観光客にも見せたい。

元気なうちは続けるけれど、早く姉さん達のように“枯れた芸”が出来るようになりたい。

変声期が無くて嫌だった頃もあった。

でも、この職に就いてからは、周りから“天性だよ”と言ってもらえるように。

ここまでくるのに大変な事もあったけど、面白かった。

これからも“気張らんなら(頑張らないと)”と思いますが・・・どうなるかは分からない」


今回、沢山の文化を教わりました。

鹿児島の芸者さんは、笑いがあって明るい。弾むような演奏が特徴なんだそうです。

小糸さんのお座敷。夢にまで見ます。

手を叩いて、歌って、笑って、本当に楽しい時間でした。ソフトでキツイ冗談も大好きです。

芸が枯れるその日まで、是非この鹿児島の文化を繋ぎ続けて下さい。

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世界一の技術をより多くの人へ

5年目の九州情熱人。Vol.11

今日は鹿児島の伝統的工芸品「大島紬」に情熱を注ぐ方。

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本場大島紬 鹿児島地区 伝統工芸士会 会長 重田茂和さんをご紹介。

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現在56歳。あだ名は“ムッシュ”。

奄美大島生まれですが、

2歳の時に家族で鹿児島市に移り住んだということで言葉はバリバリの鹿児島弁です。

家業だった「大島紬」にご自身も携わるようになって36年。 

「大島紬」というと“染め”とか“織り”とか、仕事を分ける“分業制”をよく耳にしますが、

重田さんは10年前から、自分で糸を染めて、織って、商品に加工して、販売まで、

全てを手がけています。 

それはもう、重田さんの生み出す色の綺麗なこと!

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ピンク、黄色、きみどり、ブルーなど、どれも色鮮やかなんです!

(2歳までしかいなかったけど、幼少の頃、度々帰っていた

奄美大島の自然が元になっている気がするとのこと。納得!)

現在は、着物だけではなく「ストール」をメインに・・・

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バッグやバレッタ、タペストリーなど、新しい作品を作っています。

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・ 常にチャレンジを続ける重田さん、。想いとは?

「かつて大島紬の黄金期があって子供の頃はその恩恵も受けた。

でも今は着物離れが進んでいて、着物業界が先細りになるのは必至。

“大島紬=ファッション”ということでストールも作ってみた。大島紬と出会う入口になれば。

地元でも大島紬を知らない人が増えている中、大島紬の可能性が広がった。

一つのカテゴリーを作ったかなと自分でも思う。」


着物に馴染みの少ない世代はもちろんですが、

着物文化が無い海外にも作品を広めやすくなったそうで、

実際にパリからの注文を受けた事もあるそうです。 

「これからも、もっと世界に向けて発信していきたい」と話していました。ということで、

もちろん重田さんのチャレンジは終わりません!


「着物を着る時はハットとストールが必須。

街で歩いていると、すれ違い際に若い子達にカッコいいねと声をかけられる事も。

着たいなと思ってもらえるように自分で演出していくのも大切だと思う。

大島紬の技術は世界一。

次の代に教えられるうちに早く教えたい。でもまずは自分の足元もしっかりしないと。

日々葛藤。憧れられるような仕事をしたい。」


さすが職人。「死ぬまで現役」とも話していました。

取材中も、普段お会いする時も、重田さんの頭の中はいつも「大島紬」の事でいっぱい。

「この柄、紬で作れないかな」とか、「この色作るにはどうしたらいいかな」とか、

常に頭の中で新しい作品を想像してるんだそうです。

いくつになっても常にチャレンジし続ける姿はカッコいいなと思いました。

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桜島のためなら何でも

5年目の九州情熱人。Vol.10

鹿児島市出身、NPO法人桜島ミュージアム理事長 福島大輔さん(42)をご紹介。

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桜島の京都大学・桜島火山観測所で研究員をしていた福島さんが

「火山の知識を伝える仕事が何かできないか」と考えて11年前に立ち上げたのが

「NPO法人桜島ミュージアム」。その活動のコンセプトは?


「桜島をまるごと博物館」と考え、生で見て体験できるプログラムを提供する団体。

桜島を面白くするためだったら何でもやります。


現在、桜島ビジターセンターの管理運営や、

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トレッキング・シーカヤック・夜のナイトツアーなどの体験型観光の他、

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桜島産の椿油の販売、

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鹿児島市と共同で行っているジオパークの事業などなど、

桜島にまつわる様々な事に情熱を注いでいらっしゃいます。

活動を始めて11年。スタッフも増えました。

地元の方にも「桜島の為に頑張ってる人と言ってもらえるようになった」と話す中で、

去年、活動のターニングポイントを向かえたと言います。


「活動をしてきた中で一番大きいターニングポイントとなったのが、

去年、噴火警戒レベルが4に引き上げられたこと。

情報発信に一番簡単なSNSやHPを使って、

出来るだけ正確な情報を、中立な立場で淡々と出したつもり。

それが逆に良かったのか、分かりやすかったとコメントをもらった。

これまでは観光のことだけを情報発信することが多かったけれど、あれを機に、

観光には安全も大切ということで、安全に対する情報も出そうと思うようになった。」


鹿児島県民にとっては桜島の噴火は「日常」ですが、全国・世界から見ると「非日常」。

驚かれても仕方ないと思う反面、だからこそ、

火山を専門とする福島さんが出す情報がとても大切で、

これまでに福島さんの情報に助けられた人は沢山いるはずです。 

警戒レベルが「入山規制」のレベル3の現在も、福島さんの情報発信は続いています。

今後も、福島さんの活動は「桜島」で続きます。


・これからやってみたいことは?

「今、修学旅行向けに“ジオアドベンチャー”というプログラムを準備中。

地図を元に桜島内を回ってもらい、点数を競うというもの。

普通、観光地を作ろうと思うと課題が出てくるけれど(駐車場・道幅など)、

これは、桜島の知られざる地域資源を広めやすい仕組みだと思っている。

将来的には個人のお客さんにも楽しんでもらえる仕組みを作りたい。

やっぱり桜島は博物館。活動をしていなければ知らなかった事が桜島には沢山ある。

桜島は居心地の良い、楽しい場所。


火山の専門家、福島さんも「日々発見」という桜島。

確かに私も大好きだけど…

遠くから眺めるだけではなくて、桜島内をもっと深く知りたくなりました。

今度の休みは桜島へ行こう。 ぜひ皆様も。

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