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2016年9月

100年後に遺す

5年目の九州情熱人。Vol.9

今日は垂水市出身、絵付師「薩摩志史」こと 室田志保 さん をご紹介。

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今回、ツツジの名所「高峠」が程近い、ヤギと文鳥も暮らすアトリエへおじゃましてきました。

まずは皆さん「薩摩ボタン」をご存知でしょうか?

■大きさ:直径8㎜~5㎝

■薩摩焼「白薩摩」で作られた“陶器のボタン”

この小さなボタンに、室田さんは、極細の筆でミリ単位で、

季節の花や動物など、様々なものを描いています。

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本当に綺麗!

室田さんは「薩摩ボタンには小さな宇宙が広がっている」と表現していましたが、

その言葉に納得!見れば見るほど奥が深くて、視点を変えると色んな絵が見えてきます。

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(こちらの作品はある日本昔話の物語が描かれているとのこと。発見すると楽しい!)

そもそもこの「薩摩ボタン」は、

江戸時代末期、薩摩藩が倒幕運動などの軍資金を得る為に作って

海外へ輸出していたと伝えられているとのこと。 

ただ、これだけ繊細な物なので、一時途絶えていたそうなんですが、

ここ、薩摩・鹿児島から復活させようと動いたのが室田さんです。

元々は、白薩摩のお茶道具に絵を付けていたという室田さん。

その頃「薩摩ボタン」と出会い、一瞬で魅了されたと言います。


・「薩摩ボタン」との関わりが始まったきっかけは?

薩摩ボタンを初めて知ったのはタウン情報誌の特集。

当時、薩摩焼の業界にいたのに知らなかった。こんなに美しいものがあるのかと思った。

すぐに雑誌の特集に掲載されていた“薩摩ボタン”を復刻させた社長に会いに行った。

そこで、手書きの薩摩ボタンはボタン博物館にあると教えてもらった。

今度は当時東京にあった博物館へ(現:大阪)。

館長に自分の手で復活させたいと想いを伝えたら、薩摩ボタンの図録をもらった。

そこから魅了され早10年。

当時(20代)の自分には、お茶の世界の“わび・さび・余白の美”が理解できず、

隙間があれば描きたいと思っていた。

だから“小さいボタンの世界”は自分に向いていたのかもしれない。」


最初は、全てが手探りで、大変だったと思うんですが・・・

「自分で探し当てながら進むのは非常に楽しい時間だった」と振り返っていました。

「薩摩ボタン」の絵付師として再出発して11年。室田さんの活動はまだまだ続きます!


・これからやってみたいことは?

「去年、アトリエ開設10年でアメリカの“ボタンの祭典”という展示会へ参加。

今年の夏も行ってきたが、とても評判が良かった。

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元々、海外向けに作られていたもの。また海外へアプローチできたら。

実際に自分でアンティークの薩摩ボタンを見ているので、

自分のロゴ“薩摩志史”には歴史の“史”の文字があるように、

100年後を見越して恥ずかしくないものをしっかりと遺る技術で描いていきたい。」


「世界に出ると“サツマ”の言葉の重さは更に特別なものになる」とも話していました。

薩摩ボタンも描きながら、二児の母。子育てもしながら、英会話にも励んでいる室田さん。

穏やかな話し方ですが、とってもパワフルな女性でした!

描きたいものは限りなく沢山あるとのこと。目が見える限り描き続けるそうです!

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「沖永良部島の情熱営業マン」

5年目の九州情熱人。Vol.8

「どうもー!リスナーの皆さん、うがみやぶらー!こんにちはー!」

今週は、まず島の方言で元気にご挨拶頂きました。

奄美群島は「沖永良部島」の情熱人。沖永良部島出身、安田拓さん(33)をご紹介。

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和泊町役場に勤めて8年目。現在、企画課で主に「観光」の担当をしている安田さん。

名刺には『沖永良部島の情熱営業マン』とあります。

こだわりは、写真でもお分かり頂けると思いますが、その格好、スタイルです。

「歩く看板」とでも言いましょうか?島のPRの為なら全国どこへでも!

沖永良部島のロゴが入ったTシャツやポロシャツ姿は当たり前。

前掛けや、ハッピ、そしてなぜかコック服にまで島のロゴを入れていて、

常に島のPRをしながら歩いているんです。飛行機も、新幹線も、街中も、どこででも。

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目立ちますね。インパクトが凄い!(油断すると何屋さんか分からなくなりますね。笑)

このスタイルには、安田さんのこんな熱い想いが込められていました。


「名古屋へ進学。大阪で営業の仕事をしていた。

その当時、沖永良部島を知らない人が多く“もったいない”と思った。

魅力的な島なのに発信出来ていなかったので、自分が手伝おうと思いUターン。

今インターネットですぐ検索してもらえる。その為には“コスチューム”が大切。

10人とすれ違えば、10回のチャンスがある。これが東京の場合、何千人。

出会いは拾いに行く。島のPRのためならなんでもやる!」


「笑ってもらう・不思議に思ってもらう」そこからコミュニケーションが生まれて、島をPR。

これまでには「島の特産品の注文まで受けて帰ってきた事もある」と聞いて驚きました。

現在は、観光の担当をしていますが、

他の課に異動になっても、このスタイルは続けていくとも話していました。さすがです。

「島の未来に毎日ワクワクする」という安田さん。もちろん、これからも活動は続きます。


「島を面白く出来るのは自分達の世代だと責任を持って活動させてもらっている。

子供達にも沖永良部島に誇りを持って欲しい。

最近、地元の中高生が島の観光や取り組みについて役場に勉強に来るようになった。

自分達が本気で目的を持ってやっている事が伝わっているんだなと。

沖永良部島のチームワークは世界に誇れるもの。

現状に満足せず、一歩先の沖永良部島を目指して頑張りたい。」


「花と鍾乳洞の島」沖永良部島。

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観光地はもちろんですが・・・

ムードメーカー安田さんをはじめ、島の皆さん一人一人が、島の魅力だと思います。

皆さんの活動で、ここ数年、確実に沖永良部島は全国から注目を集めています。

観光客も増えているということでした。

安田さんは、仕事も、ふざける時も、いつも全力!真面目で勉強家。

だからみんなが応援したくなるんだと思います。

本当に熱い『南国の情熱営業マン』是非皆さんも沖永良部島へ会いに行って下さい。

5年目でようやくご紹介できました。今週は和泊町役場の安田拓さんのご紹介でした。

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いろんな景色を

5年目の九州情熱人。Vol.7

今週は鹿児島市出身、「WALK INN STUDIO」の野間太一さん(37)をご紹介。

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MBCラジオ毎週日曜夜11:05~放送中

鹿児島ニュージェネミュージック」でもお馴染みの野間さん。

今回は“ご自身の活動について”語って頂きました。

LIVEやイベントなどなど、色んなステージの音響を手がけている「音響職人=野間さん」。

20歳で上京して全国各地で修行を積み、31歳の時に鹿児島へUターン。

「若者が集える場所を作りたい」と、鹿児島市の一番街にスタジオを立ち上げました。

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現在、このスタジオでは小学生から60代まで、

幅広い年代の方々が思い思いに音楽を楽しんでいらっしゃるとのこと。

さて、そんな普段の活動に加えて3年前から桜島で年に一回開催しているのが、

野外イベント「WALK INN FAS!」です。

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合言葉は『僕らの街は、僕らで創る』。

このFESには、野間さんのこんな想いが込められていました。


「全国のFES会場で仕事をしていただけに、自分でやろうとは思ってなかった。

スタジオができて約2年経った頃。あるミュージシャンにFESやらないの?と言われた。

“主旨が見えずにいる”と返したところ「地元の子達とやれば?」という言葉をもらった。

そこから構想が膨らみ“飾るものが先でなく、人が集まれる状況”を考え始めた。

その結果、自分達だけでは無くて、色んななジャンルの人達に

協力してもらおうと思い、声をかけて第1回がスタート。

その後もイベントを嗅ぎつけ“出たい”と集まってくれる人に出てもらっている。文化祭。」


色んなジャンルの方々が、同じ想いを持って集まるこのFES。

回を重ねるごとに、出演者も参加者も増えているそうです。

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更に、鹿児島へUターンして6年目。こんな話もしていました。


「頑張っている意識は無い。ただ自己満足で終わりたくはない。

一番は、マンネリした生活に少しでも刺激を与えたい。若い子達の見本になりたいと思う。

毎年毎年、就職を機にバンドを止める子達の相談を受けていて、

逆に勉強もさせてもらっている。

だからこそ、若い子達に夢を与えられたら。その子達の為にも、もっと動きたいと思う。

いろんな景色を見せてあげたい。鹿児島を“良い街”と言ってくれる人が増えたら嬉しい。」


これからの活動について「具体的なことはまだ模索中」ということでしたが…

今回初めてお話を伺った私。熱い想いに心打たれました。

( ちょっと照れやさんなところもまた魅力♪ )

「音楽の持つ大きな力」を感じている野間さんならではの活動に今後も注目です。

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誇り高きスーパーエコタウン大崎町

5年目の九州情熱人。Vol.6

今日は、大崎町役場の竹原静史さん(40)をご紹介。

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大崎町」と言えば、昨年度の「ふるさと納税額」が全国4位になったというニュース!

記憶に新しいのではないでしょうか?

( 全国1,788自治体中の4位 / 鹿児島県内では、もちろん1位 )

実はこの結果へ導いた立役者が、竹原さんなんです。

Q.「ふるさと納税」とは?

A.「自分で好きな自治体を選んで応援できる寄付金のこと」(詳しくはこちらから)

「寄付する人」は地域づくりに貢献しつつ、

お礼の品(返礼品)を通じて地域の魅力を知ることができます。

一方「行政側」も、街づくりの為の財源を集めつつ、町のPRも出来るということで、

両方がHAPPYになれる制度として、今全国的に話題になっています。

大崎町では8年前から取り組みは始めていたそうなんですが、

竹原さんは去年の4月、本格的にふるさと納税の担当に。( 担当者:一人 )

「単独の町・大崎町にとって、ふるさと納税は最初で最後のチャンスだ」と担当してすぐ、

内容や仕組みを大幅にリニューアルしたそうです。

その結果が、大崎町をわずか1年で全国4位に導きました。


「決して簡単な道では無かった。

鹿児島県1位を目指そうと思ってやった結果が全国4位。自分でもビックリ。

まず生産者の皆さんと、魅力ある商品作りをしましょうと、徹底的に対話をした。

町内をとにかく走り回った一年だった。

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全国的に“大崎町”を知らない人が多い中、

知名度が無いことを強みに変えて、色んな工夫や仕掛けをした。

大崎町は、リサイクル率、9年連続日本一の町。

これは、口で言うのは簡単だけど、町全体で取り組まないと決して出来ない取り組み。

この経験があったから、ふるさと納税も仕組みを乗せ変えて、全国にPRできたと思う。」


大崎町のお礼の品(返礼品)は、マンゴー・鰻・黒豚などなど魅力的なものばかりですが、

「大崎町だからこそできた」という言葉に納得しました。さすがエコの町、大崎町!

( 是非「菜の花エコプロジェクト」についてもご覧下さい。 )

常に「人とのつながりを大切にしている」という竹原さんですが、

昨年度はいつも以上に町内の生産者の皆さんと濃密な話をしたそうです。

「生産者の中には未だに役場職員だと気付いていない人もいる」とも話していました。笑

さぁ!「チーム大崎」で団結して全国に“大崎町ファン”が増えた今。

竹原さんの想いは、すでに次へ向けて動き出しています!


・竹原さんにとって大崎町はどんな町?

「“誇り高きスーパーエコタウン”。

生まれ育った町。みんなが誇りを持てる町にしたい。ふるさと納税は単なるきっかけ。

ただ、力を入れ過ぎるとプレッシャーになるので、これからも力を入れ過ぎず、

今のままの自然体の大崎町を遺していきたい。

“環境を守る高い意識がある人が暮らす町=質の良い農産物ができる町=循環型社会”。

この仕組みを世界に広めていきたい。大崎町はここから。是非注目して。」


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町制施行80周年を迎えたという大崎町。

役場内でこんなポスターを見つけました。

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『大』きな『可』能性が『山』ほどある町、大崎町。

本当にすごいぞ大崎町!

今回竹原さんと話をしていて、大崎町の皆さんの強い絆も感じました。

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今後も大崎町から。竹原さんからも、目が離せません。

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